企業スキャンダル、スパイより会計士を恐れよ
醜聞と証拠は別物だ。
醜聞と証拠は別物だ。トランプ氏は自分のためになる形でそれを知っており、英ロールスロイスは手痛い経験から知ることになった。
トランプ氏は、モスクワのホテルの一室で取ったとされる自身の行動と、トランプ陣営とロシアのプーチン大統領と関係があるとされる疑惑に関する衝撃的な文書を難なく一蹴することができた。切り返しの口上は「偽ニュースだ!」だった。
航空宇宙大手のロールスロイスも外国で問題を抱えているが、そう簡単に逃れられなかった。というのも、不正行為の確たる証拠を突きつけられていたからだ。同社は1月第3週、中国、ブラジル、インドでの汚職疑惑を和解に持ち込むために6億7100万ポンド支払った。ロールスロイスは英国の重大不正捜査局(SFO)の調査を受けており、会社の独自調査で得た情報の一部を自発的に提出していた。
ジェームズ・ボンドよりは会計と調査
英米の金融センターと情報機関に近い場所、ロンドン、ニューヨーク、ワシントンに勃興したビジネスインテリジェンス産業は、醜聞と証拠を照らし合わせることから形づくられる。この産業はジェームズ・ボンドの企業版のように聞こえるが、むしろ会計と法的調査の組み合わせに近い。
トランプ氏と同氏のアドバイザーらに関する調査報告書で、世界はこの業界の一端を知ることになった。報告書は英国の秘密情報部(MI6)元工作員でロンドンのオービス・ビジネス・インテリジェンスの共同創業者のクリストファー・スティール氏によって作成されたものだ。同氏のロシア人脈から出た情報はインテリジェンス(機密情報)に当たるものだが、一部は「生のインテリジェンス」、つまり醜聞としても知られるものだった。
インテリジェンスは、妥当性と信頼性のためにふるいにかけて編集すれば、ビジネスにおいて使い道がある。たとえ情報を公表したり裁判所に提出したりすることができなくても、取締役会がロシアなどの不透明な市場で企業を買ったり、起業家とパートナーシップを組んだりすべきか否かを決める一助になる。
これがロンドンのハクルートやニューヨークのベラシティーといったコンサルティング会社の専門分野であり、オービスが進出しようとした市場だ。ハクルートは20年前に英国の元情報部員らによって創業されたが、今では元経営コンサルタントや元金融ジャーナリストなども雇っている。
ハクルートはロールスロイスとつながりがある。ロールスロイス元最高経営責任者(CEO)のジョン・ローズ氏はハクルートの親会社の会長を務めており、ロールスロイスでローズ氏の前任者だったラルフ・ロビンズ氏は以前、ハクルートの諮問委員会に名を連ねていた。また、ハクルートは筆者に事実として認めないものの、ロールスロイスのためにインテリジェンス収集の仕事をしたことがあると報じられている。
一般的には、ハクルートから情報を得ることは、大金を払わない限り、石から血を搾り出すほど難しい。ほかの筋から得た情報をつなぎ合わせると、次のようになる。
約10万ポンドの料金で、同社は40ページ程度の「情報源が確かで十分査定された」報告書と呼ぶものを用意する。報告書は、例えば、微妙な取引を慎重に進めるか、手を引くべきかについて助言を与える。情報機関のように活動する彼らはどこであれ、クライアントが興味を持った信頼できない国にいる情報提供者のネットワークから知恵を借りるのだ。情報提供者は元スパイや外交官、実業家で、それなりに高い地位にある人だ。ハクルートは情報をふるいにかけて、ほかのデータや調査と照合し、エレガントな報告書を作成する。
この仕事には魅力的、神秘的な雰囲気がある――スパイや弁護士が望むかもしれない第2のキャリアだ――が市場はニッチだ。ハクルートの親会社は66人の人員を雇っており、2015年の売上高は4500万ポンドだった。極めて高額な機密情報の買い手は限られているのだ。
より専門性が高く退屈な産業に
ビジネスインテリジェンスと呼ばれるものの大部分は、実はデューデリジェンス(資産査定)だといえる。誰かとビジネスをするのが合法かどうか知るために、さまざまな記録やデータベースを探し回る退屈な仕事だ。2001年の米国の愛国者法などのマネーロンダリング(資金洗浄)防止法は、事実確認の専門家という産業を丸ごと育んだ。
このような仕事を手掛けているのは英リスク管理最大手コントロール・リスクスや業界の草分け企業クロールをはじめとする多くのコンサルティング会社と大手会計事務所。収入は大きいが、案件1件あたりの料金は低く、通常は商取引1件につき5000ポンド未満だ。この仕事で裕福になる人はいない。
より大きな利益は、インテリジェンスではなく証拠の収集にある。企業や投資家の間の商事紛争で、裁判所に提出できる文書や証言を掘り出すことだ。ロールスロイスの和解は、誰かが不正行為の証拠を発見した場合に、どれほど高くつき、ダメージが大きいかを物語っている。
クロールの売上高の大部分は今、商取引ではなく調査から来ている。調査のほうが入り組んでおり、多くの場合、不正行為の証拠を見つけるために弁護士と法廷会計士のチームを起用することができる。巨額の利害がかかっており、紛争は何年も続くことから、クライアントはかなりの料金を払う傾向がある。
だが、これはデータビジネスでもある。不名誉な話を聞くことは、監査の証跡を立証するほど重要ではない。「以前よりずっと犯罪科学やサイバーの要素が増している」と、あるリスクコンサルタントは言う。「人間のインテリジェンス活動の役割は小さくなっている」
さらばスパイの魅惑、である。企業のインテリジェンス活動はほかの金融サービスと同じように成熟し、上位には信頼に足る助言を与える専門企業のためのニッチがあり、下位には大勢のアナリストと数字を扱う人がいる。この産業はより専門性が高く、量的で、退屈になった。
トランプ氏なら恐らく言うように「残念!」だ。だが数字は嘘をつかない。会計士からの報告書のほうが、スパイの話より大きな害をもたらすのだ。ロールスロイスに聞けばいい。
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